大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)1号
原告
石井順子
右法定代理人後見人
石井信夫
右訴訟代理人弁護士
安藤純次
同
角谷哲夫
被告
大阪中央労働基準監督署長室谷三千雄
右指定代理人
佐山雅彦
同
平澤輝久男
同
柏原一郎
同
岩井重信
同
宮本安正
同
松田勝
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、昭和五五年九月五日、原告に対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の決定を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の父石井義夫(以下「義夫」という。)は、株式会社ジャパンメンテナンス(以下「会社」という。)に警備員として雇用され、会社の指示により京都府向日市寺戸町小佃一四所在のニチイ向日町店(以下「ニチイ店」という。)の警備業務に従事していたものであるが、昭和五五年四月二一日夜同僚の高井敏雄(以下「高井」という。)とともにニチイ店の警備にあたっていたところ、警備時間内である同日午後一〇時過ぎころ、警備員詰所から所在不明となり、翌二二日午前五時ころ、ニチイ店本館北側スプリンクラーポンプ室で遺体となって発見された。死亡時刻は右勤務時間内である同日午後一〇時二〇分ころで、死因は胸部内臓破裂によるものであった。これは、ニチイ店本館四階北側所在の、古い書類箱等の置場となっている倉庫室(以下「本件倉庫室」という。)の小窓(床から高さ約一・四メートル、横約四四・五センチメートル、縦約四七・五センチメートル、開口部の幅最大約二二センチメートルの下開きのもの、以下「本件小窓」という。)から落下したものであった(以下「本件災害」という。なお、本件倉庫室および本件小窓の位置、形状は別紙(略)のとおりである。)
2 原告は、被告に対し、本件災害は業務上の事由によるものであるとして労働者災害補償保険法にもとづき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告は、昭和五五年九月五日、義夫の死亡は業務に起因するものとは認められないとして、右各支給をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。
3 そこで、原告は、これを不服として、大阪労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、昭和五六年三月二四日付で請求棄却の決定を受け、更に、労働保険審査会に再審査請求をしたが、同五七年九月七日付で請求棄却の裁決を受け、同年一〇月二五日右裁決書の送達を受けた。
4 しかしながら、義夫の死亡は次の理由により業務上の事由にもとづくものであるから、本件処分は、事実を誤認し、法律の解釈適用を誤っており、違法である。
(一) 業務の内容
(1) 会社は、義夫が死亡した昭和五五年四月二一日からその翌日にかけて、ニチイ店に昼勤者一名、夜勤者二名の警備員を配置しており、夜勤者は、A勤務者(早番で午後九時から翌朝午前九時まで)とB勤務者(午後一〇時から翌朝午前一〇時まで)に分けられ、右当日高井はA勤務者に、義夫はB勤務者にそれぞれあてられていた。B勤務者の業務予定は、午後一〇時までにニチイ店に入店し、同時から翌日午前二時まで出入管理及び総合侵入警報機器監視、同時から午前四時までは店内巡回(以下「刻時巡回」ともいう。)、同時から午前七時までは仮眠待機、同時から午前一〇時まで出入管理および開錠のための別館立哨店内巡回などとなっていた。
(2) また、警備業務の性質上個別具体的な事柄については警備員に裁量が与えられており、防犯のために窓、扉などの異常と不完全の早期発見につとめること、異変を感じた場合は現場に急行し徹底的に確認することなども業務内容に含まれていた。
(二) 業務遂行性及び業務起因性
本件災害は、義夫が昭和五五年四月二一日午後一〇時過ぎころ警備員詰所において総合侵入警報器の監視盤の監視などの業務に従事中、異変を察知して本館四階北側の本件倉庫室まで赴き、同室から建物外の地上の様子を観察するために、ないしは、本件小窓の開閉状況に異常がないかどうか調べるために、本件小窓の開口部と同じ高さにまで積まれていたダンボールの書類箱の上に立ち、本件小窓の窓枠下部にある取手を右手で持ってこれを開けようとしたところ、その勢いで誤って頭から転落したか、或いは、開いた本件小窓から上半身をかがめて外の様子を見ているうち、その不安定な足場のダンボール箱が揺れて重心を失い、ないしは、取手から右手をすべらして頭から転落したことにより生じたものである。また、義夫が本件倉庫室内を調査中、既に忍びこんでいた窃盗犯人などから暴行を受けたうえ本件小窓より押し出されて突き落されたか、或いは、既に開いていた本件小窓から外の様子を見ていた際に、第三者から後を押されて落下した可能性も否定できない。
いずれにしても、義夫が調査目的で本件倉庫室に赴き、開閉状況に異常がないかどうか確めるために本件小窓を開閉し、或いは、外の様子を確めるため本件小窓を開け、外部を見た行為は、前記(一)の業務内容に照らすと、いずれも業務遂行行為といえるものである。そして、義夫が転落した原因は、本件小窓の取手から手がすべるか、不安定な足場が揺れて重心を失い誤って転落したもの、ないしは、居合わせた第三者に突き落とされたもののいずれかであって、右いずれの原因にしても、本件災害は業務上の事由にもとづくものというべきである。
5 よって、本件災害が、業務上の事由にもとづくものでないとした本件処分は違法であり、取消されるべきものである。
二 請求原因に対する認否と反論
1 請求原因1ないし3の事実は、いずれも認める。
2(一) 同4冒頭の主張は争い、同(一)(1)の事実は認める。
(二) 同4(一)(2)の点は否認する。
むしろ、警備員は、夜間業務中に異常事態が発生した場合には、原則として、警察署に急報のうえ、警察官の到着を待って警察官と同伴のうえ現場に赴くべきものであって、警備員が単独で異変を調査し、これを排除すべき職務上の義務を負うものではない。
(三) 同4(二)の点は、いずれも否認する。
3 義夫が死亡した原因としては、他殺、事故死、自殺が一応考えられるところ、本件においては、他殺又は事故死の可能性はなく、自殺によるものと考えられる。
(一) 他殺の可能性について
義夫の死因が他殺であるとすれば、格闘などに伴い死体にも何らかの外傷が存するのが通常であるが、義夫の死体にはそのような外傷はなかった。また何らかの方法で義夫を意識不明にしてから、本件小窓を開けて建物の外部に突き落すなどということは、本件小窓の高さ及び大きさからして著しく困難であり、そうする必要性も認められないものである。また、ニチイ店の店内は整然と商品が並び物色された形跡もなく、また、建物の出入口の鍵も全てかかっており、そもそも犯人が侵入してから逃走した形跡も認められなかった。
従って、他殺の可能性は否定されるべきである。
(二) 事故死の可能性について
義夫は、当日B勤務者として警備にあたっていた者であり、午後一〇時から翌日午前二時ころまでは詰所で待機し、主として出入管理及び総合侵入警報器の監視盤の業務に従事することとされていたが、その間、A勤務者は巡回及び仮眠待機をすることになっていたのであるから、B勤務者はA勤務者の了解を得ずに持場を離れることは禁じられていた。また、夜間に異変が発生した場合、店内に設置されている防犯機器が作動して詰所の監視盤がこれを受信する体制となっているが、その際警備員は警察署にその旨を通報し、到着した警察官とともに現場に赴くこととされていた。本件においては、義夫は、約三〇分で別館の刻時巡回から戻る予定の高井を待たず同人の了解も得ずに持場を離れており、また、警察署にも通報せずに単独で本件倉庫室に赴いたものである。そして、本件小窓や本件倉庫室の出入口扉には警報知機器が装着されておらず、これらから警報が発せられることはそもそもありえず、また、当夜、他の箇所から警報が発せられた形跡も全くなく、巡回中の高井も異常な物音などの異変を全く感知していなかった。以上の事実に、義夫が本件倉庫室に赴くに際し詰所に置いてあった懐中電灯を携帯して行っていなかったこと、本館内部の電灯をつけた形跡がなかったことなどを考え合わせると、義夫が何らかの異変を察知して本件倉庫室に赴いたものとは到底考えられない。
また、仮に、義夫が詰所にいたときに異変を感じ、或いは、本館四階に行ってから初めて異変を感じて本件倉庫室に赴いたものとしても、わざわざ不安定なダンボール箱の上に上って本件小窓から外部の様子を開査するようなことはしないはずであるし、百歩譲って義夫がそのようにしたものとしても、本件小窓の高さ、大きさ、特に、開口部の最大幅が約二二センチメートルにすぎないことからみて、取手を持って本件小窓を押し開けようとした勢いで誤って落下する可能性はほとんどなく、上半身をかがめて外の様子を見ているうちに誤って転落するかどうかについても、身体を開口部から大きく乗り出していたのであれば格別、外部の様子を見る通常の姿勢をとっていたというのであれば、左手で身体を支えることができるし、また、背中や肩が本件小窓自体や外枠にぶつかって容易に落下するものとも考えられない。
従って、事故死の可能性も否定されるべきである。
(三) 自殺の可能性について
本件小窓の構造、死体発見時の状況、死体の損傷状況などからみて、義夫は意図的に足から落下し、スプリンクラーポンプ室の塩化ビニールのなみ板の屋根をうちつけている角材に胸腹部を強打し、同室の壁に背を向けて座るような格好で死んだものであると考えられるところ、動機についても自殺を疑わしめる事実がある。
即ち、義夫は、昭和四九年に妻をなくし、当時約三歳五か月と約一歳六か月(原告)の二人の娘と六〇歳になる母をかかえ、女手が必要であったのに死亡するまでの約五年間再婚していなかったこと、義夫は当時、高井らの同僚に対し、「親が厳しいので嫁にきてくれる人もいない。」などとよくこぼしており、仮眠中に「わあっ。」と大きな声を出すようなことも度々あったこと、健康状態も必ずしも良好とはいえなかったことなどからして、義夫は当時精神的に安定していなかったものであると考えられる。
(四) 以上によれば、義夫の死亡した原因は、他殺又は業務上の事故死のいずれとも考えることはできず、自殺であると考えられるが、少くとも、明らかに業務上の事由にもとづく死亡とは認められず、業務起因性は存しない。
三 被告の右反論に対する原告の再反論
義夫の死亡の原因として、後述のように自殺の可能性が否定され、かつ、本件倉庫室に赴き本件小窓を開けた理由として、その他の個人的な目的が全く見当らない本件においては、義夫は警備の必要上調査をするために本件倉庫室に赴き、本件小窓から誤って落下したか、或いは第三者から突き落されたものとみるほかない。
1 自殺の可能性について
義夫は遺書を残しておらず、しかも靴や鍵を身につけたまま落下しており、飛び降り自殺しようと思えば、他にも飛び降りやすい屋上やもっと大きな窓などが手近に多くあるのであって、わざわざ狭い本件小窓のすき間からスプリンクラーポンプ室という障害物のあるところを選んで落下するというのは、自殺の方法としていかにも不自然であり、更に、義夫には借金も女性問題もなく健康上のさしたる理由も考えられず、かえって、義夫は、死亡直前の昭和五五年三月社内昇進試験に合格していたぐらいであって、自殺の動機も全く見当らない。
従って、以上の事実などを勘案すると、自殺の可能性は否定されるべきである。
2 他殺又は事故死の可能性について
義夫は、警備時間内に警備の対象となっている本件小窓から落下し、勤務場所内の敷地で死亡したのであるから、前記1のとおり警備目的以外の理由が考えられない以上、警備目的で本件倉庫室に入り本件小窓から落下したものと推定するのが相当である。
本件においては、本件倉庫室又はニチイ店本館北側で異常事態が発生したものと考えられるところ、警備員は会社から異変が発生したら直ちに現場に急行し、徹底的に確認するように指導されていたものであって、義夫が警察署に通報せず、また、巡回中の高井を待たず、同人に知らせることもせずに現場に急行したのは、むしろ当然のことであった。詰所のテレビがつけ放しであったこと、エレベーターが四階で止まっていることは、義夫が直行したことを示すものである。そして、義夫のいた詰所は、当時高井が巡回中のニチイ店別館より、異変の発生した本件倉庫室ないし本館北側に距離的に近く、かつ、防音性の低い建物であることを考えると、当時、義夫が察知した異変を高井が感知していなかったとしても何ら不思議ではない。また、義夫は、詰所の警報器が、誤報による場合も含めて、警報を発したことにより本館四階に赴いたものとも考えられるところ、相勤務者が刻時巡回中は会社本部に異常の発生を知らせる連絡が入らないように警報器を「警報」の状態から「報知」の状態にするので、この場合には警報器が警報を発したとしても本部に記録は残らないのであって、本件においても警報が発せられた形跡が残っていなくともまた不思議ではない。
そして、義夫が警備上の調査目的で本件倉庫室に赴き本件小窓を開閉し、外の様子を見ようとすると、当時の本件倉庫室の状況及び本件小窓の形状からみて、請求原因4(二)記載のような姿勢をとらざるを得ず、義夫が身長一六二センチメートルで体重約五四キログラムと小柄であったことを考え合わせると、義夫は本件小窓から誤って又は第三者に突き落されて落下するに至ったものであるというべきである。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3及び4(一)(1)の各事実は、当事者間に争いがない。
同4(一)(2)の事実は、(証拠略)並びに弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
二 そこで、請求原因4(二)(業務遂行性及び業務起因性)の点につき判断する。
1 右一の各事実並びに(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 義夫は、昭和五五年四月二一日、夜勤のB勤務者として警備に就くことになっていたので、午後八時一五分ころニチイ店に出勤し、同日午前九時から既に二四時間勤務に就いていた高井と午後九時ころまで警備員詰所でテレビを見たり、雑談をかわすなどした。
(二) 高井は、同日午後九時過ぎころ、ニチイ店本館の刻時巡回を開始し、これを終えて約一時間後に詰所に戻ってみると、義夫はテレビを見ていた。その際、高井は、右巡回のときに本館一階の商品管理部の部屋の電灯を全部消したはずであるのに、ついていたのでこれを再び消して戻ってきたのであるが、その理由を義夫に尋ねると、「京都ポーター(商品の配送会社)の人(野瀬某)が、伝票をとりに来たので、中に入ってもらった。」と答えた。
なお、高井は、本館を刻時巡回したとき、四階北側の本件倉庫室の扉をあけ、中をのぞいて確認したところ、本件小窓はしまっていて何ら異常が認められず、本館全体にも異常が認められなかった。
(三) その後、高井は、再びニチイ店別館の刻時巡回に出て、約三〇分して詰所に戻ってみると、義夫は、テレビをつけ放したままいなくなっていた。当日、義夫は、B勤務者として午後一〇時から詰所で出入管理及び総合侵入警報器の監視盤の監視をするように職務上義務づけられていたので、高井は、義夫がいなくなったことを不審に思いつつも、義夫が自分の巡回中に食事の用意をしてくれていたことが以前にあったので、今回も義夫が本館四階の社員用食堂まで食べ物をとりに行ってくれているのではないかと考えて、いま少し義夫が戻ってくるのを待つことにした。
なお、高井は、別館巡回中も異常な物音など異変の発生を感知したことは全くなかった。
(四) 同日午後一一時前ころ、会社の設備関係の担当者福田信次郎が、給与明細書を忘れたから店内に入れて欲しいといって来たので、高井は、同人を本館に入れてやったが、エレベーターが四階で停止したままになっていて降りてこないというので、階段を上る扉を開けてやったところ、福田は、本館五階にまで行き四階からエレベーターを使って降りてきた。福田は、高井に対し、義夫とは本館内で会わなかった旨話して帰った。
なお、エレベーターが降りてこなかったのは、エレベーターが本館のマスターキーを使って非常停止の状態にされていたからであった。
(五) その後、高井は、不審感がつのったので、ひとりで本館一階から四階までの社員用便所と社員用食堂を探して廻ったが、義夫を発見することができなかった。高井は、翌二二日午前〇時五〇分ころ、なお義夫が戻ってこないので、会社の警備部門の白岩副分隊長に電話をかけ、義夫の所在がわからなくなった旨連絡した。その後、かけつけた同副分隊長とともに鍵を点検した結果、本館のマスターキーがなくなっていることが判明した。
(六) 高井らは、直ちに、向日町警察署向日町派出所に警備員一人が行方不明になった旨通報したところ、警察官三名が来たので事情を話し、警察官らにも義夫を探してもらったが、義夫の姿は見つからなかった。その後、向日町警察署警察官や会社の保安係らの応援をえて、約一三名で捜索したが、やはり発見するに至らなかったので、午前四時三〇分ころ一旦捜索を打ち切った。
なお、右捜索の結果、店内各所には、どこにも物色された形跡のないことが判明した。
(七) その後なおも、高井は、会社の施設係井上茂、設備係菊地某、保安係西村某らと義夫を探していたところ、井上と菊地が、本館屋上から見た際本館北側に設置されているスプリンクラーポンプ室の屋根が破れていることに気づき、右ポンプ室に赴いたところ、その内部で義夫が壁を背にして配管の上部に座るような格好で死亡しているのを発見した。義夫は靴をはいたままの状態であり、所持品としては、腕時計と御守りがあった外、そのポケット内から本館のマスターキーが出てきたが、会社から巡回ないし調査の際所携するように指導されている懐中電灯は死体のまわりに見当らず、また、右懐中電灯は本件倉庫室内でも発見されなかった。当時本件倉庫室の扉は閉っており、本件小窓は開いた状態となっていた。
義夫は、直ちに、向日市所在の洛西病院(院長今西晴治)に救急車で運ばれたが、胸部内臓破裂により前日の昭和五五年四月二一日午後一〇時二〇分ころ、既に死亡していたことが判明した。
(八) 義夫の体には、右前膊内側に一箇所、前腹部に多数、こめかみに一箇所の各擦過傷、左前脛部に挫創、左太腿部に打撲傷がそれぞれみられたが、他には外傷はみられなかった。
(九) 義夫は、本件小窓から落下したものであるが、本件小窓のある本件倉庫室の形状は別紙のとおりであり、その内部は、用済みの書類等の入ったダンボール箱などが必ずしも整理整頓されていない状態で置かれており、本件小窓に接してその下端部までダンボール箱が積まれ、更にその手前に高さ五〇センチメートルのダンボール箱が置かれていた。
本件倉庫室の扉及び本件小窓には警報装置が取りつけられていないので、これらを開いても詰所の監視盤には異常を知らせるランプがつかない。そして、本件倉庫室は、普段から従業員らが利用する状況になく、警備員も、扉をあけて外から異常がないかどうかを確める程度であった。
(一〇) 当日の午後九時から同一一時までの間、刻時巡回をした高井を除いては、京都ポーターの野瀬従業員、会社の設備担当の福田従業員及び義夫の他にはニチイ店内に入退店した者はなく、右各人の入退店時以外は出入口は全部施錠されていた。なお、義夫はマスターキーで本館に入った後、内部から施錠していた。
(一一) ニチイ店(向日町店)で警報装置から誤報が発せられた回数に関しては、点検のためのテスト及び操作間違いを除くと、昭和五四年三月から昭和五五年三月までは合計二四回で、同年四月は一回で、月平均二回程度であった。
以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 義夫の死亡の原因としては、他殺、事故死及び自殺の三種類が考えられるところ、前記一認定のとおり、義夫は、異変を感じたら現場に急行し徹底的に確認する業務上の義務を負っていたのであるから、死亡当日、異変を察知して本件倉庫室等を調査中に窃盗犯等から暴行を受けたうえ、若しくは、本件小窓を開き外の地上の様子を観察中に窃盗犯等から押されて、本件小窓から突き落された場合、又は、調査中に本件小窓から誤って転落した場合であれば、まさに業務上の事由による死亡というべきであり、この理は、義夫が異変を察知せずに、例えば夜食の副食を捜しに本館四階に赴き、その場で異変を察知して本件倉庫室を調査した場合にもあてはまるものというべきである。
ところで、本件災害が業務上の事由によるものであるということを立証するためには、原告において、原告主張の他殺又は事故死の事実を直接立証する方法をとる他に、自殺でないことを立証し、その反面において他殺又は事故死であることを立証する消去法的な方法をとることも可能であると考えられるので、以下義夫が死亡した原因について個別に検討を加えることとする。
(一) 他殺について
前記1認定の諸事情、特に、義夫の死亡当日、ニチイ店内は物色された形跡が全くなかったこと、同日午後九時から同一一時までの間に入退店した者は、義夫と高井の他は、前記野瀬及び福田の二名のみであったこと、右各人の入退店時以外は出入口は全部施錠されていたこと、高井もニチイ店の本館及び別館の刻時巡回時に全く異変を感知していなかったこと、義夫は本館に入った後内部から施錠していたこと(他に第三者が館内に忍び込んでいた形跡は認められず、その可能性は少ない)、本件小窓の大きさ(横約四四・五センチメートル、縦約四七・五センチメートル)や形状は別紙のとおりであり、開口部の最大幅が約二二センチメートルと小さいこと(抵抗力のある義夫を本件小窓から落下させることは不可能に近い)、本件倉庫室はダンボール箱などが雑然と置かれているだけの部屋で、普段から従業員らも利用する状況にない部屋であることなどを考え合わせると、義夫が、既に忍びこんでいた窃盗犯等第三者により本件小窓から突き落された可能性は極めて少ないというべきである。
なお、義夫の死体には、前記1(八)認定の外傷のあることが認められるが、右外傷は、開口部の狭い本件小窓を体が通過した際の外傷と、スプリンクラーポンプ室に落下した際の外傷と推認することができ、右以外の原因で生起したものと認められる外傷はない。
よって、義夫が窃盗犯等第三者により本件小窓から落下せしめられたものと推認することは到底できず、他にこれを推認するに足りる証拠もない。
(二) 事故死について
原告が、請求原因4(二)で主張するような体勢から、義夫が誤って本件小窓より落下する可能性の程度に関しては、成立に争いがない(証拠略)、本件小窓とほぼ同型の小窓から義夫とほぼ同体型の村田豊が落下する状況等を撮影した八ミリフイルムであることに争いがない検乙一号証の存在、検証の結果並びに証人村田豊及び同角谷哲夫の各証言によれば、意図的に頭から突っこんで落下しようと試みる場合は格別、原告の主張するような体勢からでは、肩が窓枠にあたることや当然取られるものと予想される落下を免れるための行動などからかなり困難であることが認められる(これに反する証人角谷哲夫の証言部分は、意識して落下しようと試みている点で直ちに措信し難い。)。そして、弁論の全趣旨によれば義夫の身長は約一六二センチメートルと認められるところ、前記1(九)で認定したところによれば、本件倉庫室内では、本件小窓に接してその下端部まで積み上げられたダンボール箱の手前にも高さ五〇センチメートルのダンボール箱が置かれていたのであるから、外部の様子を見るためには、落下する危険性を顕著に感じる本件小窓寄りのダンボール箱の上に昇らなくとも、その手前のダンボール箱の上に立って上体を前にかがめて見れば十分であったと考えられる(前掲乙第三七号証の証明書中番号2の写真参照)のに、本件小窓寄りのダンボール箱の上にまで昇っている点で自己防衛本能からして奇異な感じを受けること、原告は、(1)義夫が詰所にいたときに本件倉庫室ないし本館北側で異変の起ったことを察知して本件倉庫室に急行した旨主張するが、前記1(四)(一〇)で認定したとおり、当時本館は施錠されており、義夫は開錠して入館後内部から施錠したうえ行動しており、更には、四階でエレベーターをマスターキーで非常停止の状態にしていることなど現場に急行したものとは思えない行動をとっている点、前記1(七)で認定したとおり、調査に赴く際も所携するように指導されていた懐中電灯を持って行っていなかった点、急速を要する異変があったと認めるに足りる事情がないこと及び果して詰所にいて本件倉庫室ないし本館北側内部の物音などの異変を察知しうるものか疑問であるなどの点において、右主張は採用できず、また、(2)義夫が詰所にいたときに警報装置が、誤報による場合も含めて、警報を発したことにより現場に急行したことも考えられるとも主張するが、やはり、現場に急行したことと相容れない行動をとっている点及び懐中電灯を持って行っておらず調査に赴いたものとは考えられない点において、また、前記1(一一)で認定したとおり、誤報の発生件数は月二回程度であり、義夫の死亡当日誤報が発生した可能性は少なく、他に誤報の発生を推認させるに足りる証拠も全くない(なお、第三者が侵入していた形跡は認められず、また本件倉庫室には警報装置がない)点において、右主張も採用できず、(3)義夫が異変を察知せずに、例えば夜食の副食を捜しに社員用食堂のある本館四階に赴き、その場で異変を察知して本件倉庫室へ急行した可能性も考えられるものの、前記1(二)(九)で認定したとおり、高井が当日午後九時過ぎころから本館を巡回したときには本件小窓は閉っていたもので、本件倉庫室も古い書類等の入ったダンボール箱などが置かれているだけでそこから異常な物音を発する状態になかったことが明らかであり、また、本館北側の地上で異変が発生したことを推認させるに足りる証拠も全くない点などを考慮すると、右可能性も少ないものといわざるを得ず、そもそも義夫は、異常を調査するために本件倉庫室に赴いたものとは到底認められないことなどを総合して勘案すると、結局、事故死の可能性も非常に少ないものであって、義夫が本件倉庫室に調査に赴き原告の主張するような体勢から誤って本件小窓より落下したものとは推認できず、他にこれを積極的に推認するに足りる証拠もない。
(三) 自殺について
(証拠略)、証人石井信夫の証言によれば、義夫は、死亡する直前の昭和五五年三月に会社内の昇進試験に合格し(もっとも、これが心理的に負担となることもありうる)、会社に精勤していたこと、義夫は平素から朗らかなほうで、実母石井ミサヲや実弟石井信夫には借金や女性問題で悩んでいるようにはみえず、義夫の死因について思いあたるふしがなかったこと、遺書が残されていなかったこと、義夫は当時八歳の石井律子、六歳の原告及び六五歳の実母を扶養していたこと、義夫は死亡当日の午後八時一五分ころから同九時ころまでの間に高井に対し、「明日は定休日なので、今日は早目に巡回しよう。」、「明日は講習があるので早く寝よう。」などと話しており、普段と変ったところがみられなかったことなどが認められる。
しかしながら、一方、(証拠略)によれば、義夫は、昭和四九年に妻をなくし、本件死亡当時二人の小学生の娘をかかえていたが、母親が厳しいので嫁に来てくれる人もいないなどと会社の同僚によくこぼしていたこと、義夫は、職場で仮眠待機中、うなされているような様子で「わあっ。」と大きな声を出すようなこともあったこと、健康状態に関しても、義夫は当時ビタミン欠乏症などで時々通院していたことなどが認められ、必ずしも精神的に安定していなかったのではないかと疑わしめる事実も存する。
右事実と、前記(二)認定のとおり、その形状及び大きさからみて本件小窓から義夫が誤って落下するのにはかなり困難がともなうものの、意図的に落下することを試みる場合には比較的容易に落下しうることなどをも勘案すると、第三者に動機の判明しないままになされる自殺もありうるし、遺書がない自殺や扶養家族がある者の自殺も数多く存在するのであるから、義夫が自殺した可能性を否定し去ることまではできないものというべきである(なお、原告は、義夫が自殺しようとしたのであれば、他に屋上や大きな窓など飛び降り自殺しやすい場所があるのであって、本件小窓を選んだのはいかにも不自然である旨主張するが、<証拠略>によれば、ニチイ店本館は一部塔屋付きの四階建の構造であり、本件倉庫室のある四階は義夫が利用したエレベーターで行ける最上階であったこと、右エレベーターの出口のすぐ横に本件倉庫室が位置していたことが認められ、右認定事実によれば、義夫が自殺しようとして本件小窓を選んだものとしてもそれほど不自然ではないものと考えられる。)。
3 以上詳細に検討したところによれば、義夫が窃盗犯等第三者により本件小窓から突き落されたこと、ないし、調査中誤って本件小窓から転落したことは、いずれもこれを推認することはできず、また、自殺により死亡したことの可能性は、これを否定することができないのであるから、いずれにしても、本件災害が業務上の事由にもとづくものと認めることはできないものというほかない。
4 原告は、義夫の死亡の原因として、自殺の可能性が否定され、かつ、本件倉庫室に赴き本件小窓を開けた理由として、その他の個人的な理由が全く見当らない本件においては、義夫は警備の必要上調査をするために本件倉庫室に赴き、本件小窓から誤って転落したか、或いは、第三者から突き落されたものとみるほかない旨主張する。
前記2で検討したように、自殺の可能性が否定できないものと認められる以上、右主張はその前提を欠くものであるが、前記一のとおり、義夫は警備時間中に警備対象となっているニチイ店本館四階の本件倉庫室に赴き本件小窓から落下して死亡したことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件災害は、労働契約にもとづき事業主の支配下において発生したという趣旨での業務遂行性は一応これを肯認しうるものと考えられるところ、業務遂行性があれば災害の業務起因性が事実上推定されるものと一般的に考えられているので、この観点から更に右主張を検討するに、本件の場合、本件災害は、前判示のとおり、義夫の故意による又は無抵抗の義夫を第三者が手を加えるのでないかぎり、人間が通常落下する可能性の極めて少ない本件倉庫室の本件小窓から落下したことによるものであるから、この点において右事実上の推定は覆されたものといわざるを得ない。
そして、義夫が本件倉庫室及び本件小窓に赴いたことが業務行為であったものとまで認定できず、また義夫の死因が他殺ないし事故死である可能性は非常に低く、これに対し、自殺である可能性は否定できないものである以上、結局、本件災害が業務と相当因果関係にあるものと認定することができないものといわざるを得ない。原告の右主張は、やはり採用できない。
三 よって、義夫の死亡が業務上の事由によるものでないとして被告が原告に対してなした本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 木村修治 裁判官 波床昌則)